キミが欲しい、とキスが言う
馬場くんの歩調がゆっくりになる。彼を見上げながら、不思議な感覚が胸に去来した。
なんだか、不安定で、抱きしめたくなるみたいな。
「……どこまで話せばいいのかなぁ」
それは独り言だったのかもしれない。
たいして見えない星を探すように、馬場くんの顔が上を向く。
遠く離れてしまうようで、少し怖くなった。
「店を持ちたいから、【U TA GE】で修行してるの?」
「うん。まあそうかな。【U TA GE】に入った時は別の理由だったけど、今はそうかな。……実家が農家なのは本当。結構手広くやってて、兄貴が兼業で手伝ってる」
「もしかして仕入先だったりする?」
「それは違う。色々あって、親父と橙次さんは仲悪いんだ。俺が【U TA GE】で働くことも良くは思ってなかったみたいだけど、俺がごり押ししたって感じ。まあ、結果的に良かったかな」
「あなたたちは、仲良さそうだものね」
「それだけじゃなくね。将来持ちたい店のビジョンみたいなのも見えたし」
「【U TA GE】みたいな店?」
「いや。もうちょっとこじんまりしてて、人の顔が見える方がいいな。ほら、【U TA GE】はテーブル席の仕切りが高いじゃん」
「ああ。でもそこが人気だったりもするみたいよ。個室風で」
「都会の感覚だよな。俺はさ、仕切りはあんまり作りたくないんだ。従業員の声が綺麗に通るような店がいい。人を元気にさせるような明るい声や笑い声が響いて、ホッとしたり元気をもらえたりするような……」
小さく髪が引っ張られた感触に、そちらを見る。馬場くんの大きな手、私の長い髪を一筋持ち上げてすっと離す。
「……そんなイメージが俺の中にできた。茜さんと会ってからね」
「そ、そう」