キミが欲しい、とキスが言う

ドキドキが半端ない。
そんな想像、今まで付き合った誰からも聞いたことがない。

美人だ、胸が大きい、スタイルがいい。
そんな見かけの褒め言葉なら、それこそ腐るほど聞いた。

それによって、私がいい気になったのも事実だ。
だけど、見かけの効果なんてせいぜい半年から一年で、誰しも気づけば私から去っていく。

そんな落ち着いた幸せそうなビジョンに私を登場させるの、馬場くんくらいしかいないんじゃないかしら。

沈黙が包む。自分の心臓の音が、さっきよりも高鳴った。


馬場くんが好きだ。
しみじみと思うたびに切なくなる。

触れそうで触れない距離、汗のにおいを感じられそうなほど傍にいるのに届かない。

彼からの好意はまだ感じる。
少し勇気を出せば届くんじゃないの? 

彼の腕を掴もうと手を伸ばして、ふと振り向いた彼に驚いて手を不自然に口元に回した。


「ごめん、自販機寄っていい?」

「う。うん」

「あっちーよな。茜さんもすごい汗」


確かに、額に汗がにじんでいるのが分かる。

夜の道路で存在感を放つ自動販売機。彼はお茶を二本買うと私に一本くれた。


「ありがとう」


喉を通るお茶の冷たさに、頭の中もじんわり冷えてくる。


やっぱり今は無理だ。
今“ニセの婚約者”関係を壊されると困るのは私の方だもの。
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