キミが欲しい、とキスが言う
9.過去は現在に影を落とす
浅黄の不安そうな眼差しが、痛いくらいに私に刺さる。見ていられなくて俯いたら、浅黄の指先が小さく震えているのが目に入った。
「お母さん。さっきの人……」
「昔の知り合いよ。いいから遊んでらっしゃい」
「でも僕のこと」
震えを止めるように、浅黄は私の腕をしっかり掴んだ。
小さくたって大人の話が聞こえてないわけじゃ無い。彼の金髪を食い入るように見ていた森田さんを、浅黄が怪訝に思わないはずはないだろう。
でも、浅黄に話すには心の準備がいるし、こんな他の人もたくさんいるところでは私の方が冷静になんてなれやしない。
ごまかすように笑ってみせる。ただ、いつものようにうまく笑えている自信はなかったけれど。
「私の息子かって聞かれただけ。やあね、こんなにそっくりなのに疑うなんて。浅黄は気にしないで幸太くんとあそんでらっしゃい? 浮輪は?」
「あ」
浅黄はたたんである浮き輪をプールバックから取り出した。
「膨らまさないとね。受付に空気入れる機械があるそうよ。私も一緒に行ってあげる」
話をそらしたまま、受付に向かう。水着グッズの販売コーナーの脇に置いてあった空気ポンプがで幸太くんと浅黄のふたり分の浮き輪を膨らませ、追い立てるように背中を押す。
「ほら、遊んでる時間、無くなっちゃうわよ」
「う、うん」
まだ戸惑いを隠せない浅黄の腕を、幸太くんが引っ張った。
「浅黄、行こう」
「幸太」
「遊ぼうぜ」
幸太くんが半ば強引に連れて行ってくれたので、ほっと胸をなで下ろす。