キミが欲しい、とキスが言う
そのまま一分ほどはそうしていただろうか。やがて、ため息とともに彼が遠ざかる気配がした。
ホッとして力を緩めると、腕の中の浅黄がもぞもぞと動いた。
「お母さん、あのひと、誰なの?」
「それは……」
「僕とよく似てた。それに僕のお父さんって」
ここで頷いたら、浅黄は彼を追うだろうか。
考えただけでぞっとして、肯定する気にはなれず、私は目を泳がせた。
「……ちゃんと話したら長くなるの。おうち帰ってから話しましょう? 今日は遊びに来たんだもん、楽しまなくちゃ」
「でも」
「幸太くん、きっと待ってるわよ」
「……う、うん」
これ以上詰め寄ったところで私が話すわけないと理解したのか、浅黄はあきらめたように歩き出した。
その背中に、ごめんね、とつぶやく。
辺りは、突然始まった昼ドラのような光景に、静まり返っている。
ここはどう切り抜けようかと思案していたら、美咲ちゃんがそっと肩を撫でてくれた。
「茜ちゃん、大丈夫?」
手の暖かさに、体に自然にこもっていた力が抜けた。私は、あえておどけて笑って見せた。
「大丈夫じゃないわよー。さすがに、びっくりしたわ」
「だよね。こっち行こう」
立ち止まって私たちを見ていた人たちも、私たちが動くのと同時に正気を取り戻したように動き出す。
化粧室まできて、誰もいないのを確認すると、美咲ちゃんは気まずそうに顔を覗き込んでくる。
「あの人、……やっぱり浅黄くんのお父さん?」
私は苦笑して頷いた。