キミが欲しい、とキスが言う

「一晩だけ付き合えばいい? そしたら飽きるでしょ? どうせ」


自虐的に言ったら、腕の力が緩んだ。

傷ついたような顔をされても困る。
だってあなたの言っていることが理解できない。理解できないことを言われるのはバカにされているのに近い感覚がする。


「どうしたら伝わる?」

「それは私のセリフ。どうしていきなりそんなこと言われるのか、私わからないもの。あなたに好かれるようなことした覚えもない。だから体目当てで言われているとしか思えないの」

「……傷つく」

「しょげられても困るのよ。いきなり結婚って言われたら余計、付き合えないでしょ。もしかして知らない? 私、子どもがいるのよ」

「知ってますよ」


知っていたのか。
じゃあ余計疑問だ。大した覚悟もなく、結婚なんて言葉を出さないでほしい。


「私と結婚するって、父親になるってことなのよ? あなたに出来るわけ無いでしょ。簡単に言わないでよ、腹立つわ」


その瞬間だ。
顎を上に向けられ、唇をしっかり重ねられる。
押し当てられたそれは、咀嚼するように小さく動く。まるで食べつくそうかとするように唇を何度も甘噛された。

背筋がゾクゾクした。
キスは何度もしたことがあるけど、舌が入れられているわけでもないのに、こんなふうに体中に刺激が伝わるキスは初めてだ。

不覚にも呼吸が荒くなる。
ようやく体を離してもらえた時には、体の力が抜け、彼の腕に支えられているような状態になった。


「……これで伝わりませんか?」


私は彼を見つめたまま、口元を押さえて荒くなった息を整える。


「伝わるって、何をよ」

「あなたが欲しいって俺が思っているってこと」


息が止まりそう。
この人はやっぱり言葉が足りない。

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