キミが欲しい、とキスが言う

「あのね。そうはいってもまだちゃんと馬場くんのご両親と話してないのよ。一存で色々決めるわけにいかないの」

「だったらさっさと行ってこい。それとも何か? やっぱり結婚するなんて嘘なのか。今だけうまいこと済ませようって魂胆なんだろう。だからお前は……」

「うるさいわね。嘘なんかじゃないわよ。ただ、私は子持ちのホステスなの。結婚となれば反対されるのくらい分かってるのよ。勇気でないの。ああもう! こんなこと言わせないでよ!」


別にこの仕事が恥ずかしいと思っているわけじゃないけど、一般論で言えばそうだろう。
分かっているけど父に言うのは負けた気がしてすごく嫌だ。


「だったらホステスなどやめてしまえ」

「そんな簡単じゃないって言ってるでしょ」


いつもの言い合いに発展した私たちを、馬場くんと母が顔を見合わせて苦笑している。
やってるこっちは真剣なのに、はたから見るとほほえましいじゃれあいにみえるのか? と馬場くんを見ていると思ってしまう。

言い合いがにらみ合いに変わったころ、ぽつり、と馬場くんが口を開いた。


「……結婚したい人がいる、とは伝えてあるんです」

「え? そうなの?」

「うん。ただ、うちの実家も田舎だし、両親もいかにも昭和な人間なので、茜さんの職業には不満がでると思います。でも、俺は茜さん自身の良さを伝えていくつもりです。ただ時間はかかるかもしれない。でも俺は、ちゃんと説得してから結婚したいと思ってます。……茜さん、待っててくれる?」


すぐには結婚できない、っていうのは若干話が違うんじゃない? と思わないこともないけど、ダニエルの時のような突き放された気持ちにはならない。
それは彼が、ちゃんと言葉にしてくれるからだろうし、何より……


「当たり前よ。信じてます」


彼を信じられるから。
いくらでも待てると思うし待とうと思う。

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