キミが欲しい、とキスが言う
気を取り直して、できるだけ物音を立てないように家の中に入る。
ふすまのしまった奥の部屋には、浅黄が寝ているはずだ。
本当はシャワーを浴びたいけれど、あまりうるさくすると浅黄が安眠できない。
化粧を落として、歯磨きをするだけにして、寝る準備を整えた。
最後に、炊飯器の予約だけはいれておく。
寝坊しても最悪ご飯があればなんとかなるだろう。
二部屋のうち、手前の部屋をリビング、奥の部屋を寝室にしている。
男の子だし、そろそろ一人で寝たいと言い出すのかもしれないけれど、個室を与えてあげられるほど余裕がない。
浅黄は学校が終わるとここから五分程度の私の実家に帰り、夕飯とお風呂を済ませてくる。
母がついてきてくれる時もあれば、一人で帰って来る時もある。どっちにしろ、帰ってくる頃に私はいない。
ただ、私が敷いていった布団で、一人静かに眠りにつく。
最初の数年は、帰ってくるまでずっとテレビがついていた。
最近はそんなこともなくなったので、怖くないのかと聞いてみたら、タイマーのつけ方を覚えたらしい。
子供はいつの間にか成長しているものだなと思う。
浅黄は何も言わない。
この生活が慣れてしまったものなのか、それでも寂しいものなのか。
言わないのをいいことに私はこの暮らしを続けている。
尋ねないのは、自分が追い詰められたくないからだ。