キミが欲しい、とキスが言う
ああ、それ分かっていても、口に出しちゃいけないやつですよ、高間さん。
どん、とテーブルが音を立てる。馬場さんのこぶしが、テーブルを叩いたのだ。
一瞬店内のざわめきさえも止まる。
「……マスター、漬物追加」
「お、おう」
俺たちがいるこの店唯一の小あがりはカウンターから一番遠い、にもかかわらず、その低い声は店全体に伝わった。
カウンターから、ぎこちない声が戻ってくる。
そのまま、馬場さんが、深いため息をついた。
「……あー、橙次さんをぼこぼこにしたい」
馬場さんは基本無口だ。だけどあまり嘘はつかないし、たまに漏らす言葉はほとんどが本音だ。
それを知っている俺と仲道さんと高間さんは一瞬で黙り、顔を見合わせて機嫌取りに走る。
「や、ぼ、暴力はよくないぜ、馬場!」
「そうそう。落ち着こう、幸紀」
怒らせると一番怖いのは馬場さんかもしれない。
このまま飲ませていると危険だと察知した俺は、こっそりと酒を減らすことに専念した。
【Fin.】