キミが欲しい、とキスが言う
「馬場さん、鳥がいるよ」
浅黄が指さす方向を彼も眺める。
「ああ。刈り入れの時に落ちた玄米を狙ってるんだろ。今稲刈り時期だからな」
浅黄と幸紀の関係も、あまり変わらない。今は一緒に暮らしているけど、浅黄は彼のことを“馬場さん”と呼び続けているし、幸紀自身それを気にしてはいなさそうだ。
とはいえ、ふたりでいる時間は増えたはずだ。
ここのところ、私が仕事の日は彼が昼番にして夕飯なんかのお世話をしてくれている。
手際よく、朝の下ごしらえまでしてあって、私の朝の支度は、以前に比べてずいぶん楽になった。
浅黄も、彼に料理を習っているらしく、日曜の朝、寝坊した私の代わりにお味噌汁を作ってくれたこともある。
そう思えば、仲はよさそうだよなぁと思うんだけど。
「茜、駅弁もあんまり食べてなかったじゃん。行ってから腹鳴ったら困るんじゃないの」
「そりゃそうだけど」
「浅黄、茜にむいてやれよ、そこのミカン」
「うん」
浅黄は素直に水滴が周りについてしまった冷凍ミカンを手に取る。ズボンが濡れそうと思って、私は慌ててハンカチを渡した。
「ほら、濡れるわよ」
「ん。大丈夫。はい、お母さん」
ひと房のミカンを差し出され、食べられる気がしない私は困ってしまう。