キミが欲しい、とキスが言う


「浅黄、あーんしてって言ってみろよ」

「えっ」

「お前からなら食うよ」


からかうように笑う幸紀は、身を乗り出して浅黄の手を掴むと私の方へと引っ張った。
見つめあって困るのは、私と浅黄だ。

浅黄は恥ずかしそうに笑って、台本に書かれたセリフを読むようにたどたどしく言った。


「えっと、お母さん口空けて」

「う、うん」


そのまま、口の中に放り込まれるミカン。まだシャリシャリという感触が残っていて、舌から口、そして体全体の温度が少し下がった気がする。

冷たくて、気持ちいい。


不思議なもので、一口食べるともう少し欲しいような気がしてくる。


「自分で食べるわ」


浅黄から残りのミカンを受け取り、口に入れる。

浅黄と馬場くんが目くばせしながら「やったね」と言い合っているのがとても自然に映って顔がほころぶ。


「……おいしい」


彼は、私の意地を緩ませるのがとても上手だ。




< 192 / 241 >

この作品をシェア

pagetop