キミが欲しい、とキスが言う
「浅黄、あーんしてって言ってみろよ」
「えっ」
「お前からなら食うよ」
からかうように笑う幸紀は、身を乗り出して浅黄の手を掴むと私の方へと引っ張った。
見つめあって困るのは、私と浅黄だ。
浅黄は恥ずかしそうに笑って、台本に書かれたセリフを読むようにたどたどしく言った。
「えっと、お母さん口空けて」
「う、うん」
そのまま、口の中に放り込まれるミカン。まだシャリシャリという感触が残っていて、舌から口、そして体全体の温度が少し下がった気がする。
冷たくて、気持ちいい。
不思議なもので、一口食べるともう少し欲しいような気がしてくる。
「自分で食べるわ」
浅黄から残りのミカンを受け取り、口に入れる。
浅黄と馬場くんが目くばせしながら「やったね」と言い合っているのがとても自然に映って顔がほころぶ。
「……おいしい」
彼は、私の意地を緩ませるのがとても上手だ。