キミが欲しい、とキスが言う


「親父たちは家?」

「それがね、山崎さんちでコンバインが故障したらしくて、手伝いに行ってるの」

「こんな日に?」

「ごめんね。でもほら、助け合わないと、でしょ?」

「まあなぁ」


彼はそういって頭をかいた後、私に向かって申し訳なさそうに言う。


「……悪い、ちょっとバタバタしてるみたいだ。とりあえず家に行こうか」


“家”と聞いて、再び私の全身に緊張が走る。

そろって駐車場の方に向かう途中、彼はさりげなく浅黄の背中を押し先に行かせる。
そして私の隣に立つと、「緊張とか似合わないからやめなって」とからかうように耳打ちした。


「緊張に似合うとか似合わないとかないでしょ」


噛みつくように反論したそのとき、耳を軽く噛まれた。


「ひゃっ」


素っ頓狂な私の声に、浅黄も江津子さんも何事かとこっちを向く。

赤くなって耳を抑える私は、果たして二人にどういうふうに見えるのか。
とりあえず笑ってごまかさなきゃ。


「な、何でもないの。ごめんなさい」

「変なの」


浅黄は再び前を向く。と同時に諸悪の根源が耳打ちしてきた。


「そうそう、笑ってた方がいいって」


全く、何をしだすか分からない人だ。確かに、緊張はちょっと解れたかもしれないけど。


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