キミが欲しい、とキスが言う


 江津子さんが乗ってきた車は白のワンボックスカーだった。
私と浅黄は二列目、幸紀は助手席に乗り込み出発する。

 駅でも田舎と思えたのに、車はさらに山側へと向かっていく。
家がところどころに点在して、それより田んぼや畑の方が多い。ビニールハウスが連なっている一角もあった。背中に大きな山がそびえていて、実際、車に乗っていたときは分からなかったけれど、家の前の道路も微妙に傾斜がついている。


「はい、着いた。お義父さんと利紀(としのり)さんと子供たちは夕方までには帰ってくるから。楽にしててねぇ」


 もたもたと荷物をもって降りると、玄関から割烹着を着た丸顔の年配の女性が出てきた。細い目が幸紀と似ているし、お義母さんかしら。


「ようこそ、いらっしゃい」


ようこそ、とは言ってくれてるけれど、目はあんまり笑っていない。浅黄を見て一瞬ぎょっとしたような顔をし、次に私を値踏みするように見る。
分かりやすく伝わる戸惑いに、私の笑顔もぎこちなくなってしまった。
なのに、幸紀だけは平然としている。


「おふくろ、久しぶり」

「本当だよ。大体あんたはいつもマイペースで。普段顔見せないくせにこういう時はすぐだ」

「見せに来いって言ったのはそっちじゃん」

「だからってこんな時期にさ」


なんとなく言い合いが始まって、空気をすぐ察知する浅黄は、困ったように私に身を寄せてきた。

もしかして、時期的に忙しいころだったのかしら。
そうよね。さっきもなんかトラブル遭ったっぽいし、稲刈りの時期とかも言っていたような。

その辺、幸紀も教えておいてくれたらいいのに。私、農家の忙しい時期なんて知らないわよ。
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