キミが欲しい、とキスが言う

「お世辞じゃなくて、本心です。一番信頼できる人だと思ってます」


お母さんは一度肩をすくめると、「それにしても遅いねぇ。コンバイン直るまでかと思ったけど」と続ける。


「聞いてみますね」と江津子さんが立ち上がり携帯をいじる。
そして、しばらくすると戻ってきた。


「結構かかりそうですって、やっぱりおにぎり作って持っていきましょうか」

「ああ、そうだねぇ。さっき炊いておいてよかったね」

「あ、手伝います」


会話も微妙なところだし、動いていた方が気がまぎれると思って志願したけれど、お母さんの目を私の爪に注がれているのに気づいて焦る。

今日はこれでもいつもより大人しい色を塗っているんだけど、江津子さんもお母さんも化粧っ気がないから、マニキュアを塗っているだけで家事のできない手に見えるのかな。
これは墓穴掘ったか?


「いいわよ。お客さんにそんな」

「お客じゃないって、さっき幸紀さんも言ってましたし、手伝わせてください」

「でもねぇ……」


指が気になるのかお母さんの視線がそこから離れない。
衛生的にも気になるのかな。だとしたら引き下がった方がいいのかしら。

お互い気づまりになってきたとき、天の助けのような声がした。


「お義母さん、お願いしましょうよ。茜さん、これ使って」


江津子さんが、ラップを持ってきてくれた。
これなら、ネイルが直接ご飯に触れることはないだろう。
お義母さんも、「ああそうだね」と言ってくれて胸をなで下ろす。

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