キミが欲しい、とキスが言う

「こいつ、どんくせーの」


もう一人、浅黄と同じくらいの男の子が笑う。


「でもお前より真面目だよ」


そう小突くのは、もう少し大きなお兄ちゃん。


「お、幸紀の嫁さん? すっげー、びじーん」


やがてわらわらと周りに人が集まってくる。私は戸惑いつつ「初めまして」とあいさつした。

人が多すぎて混乱しそうだけど、ここの田んぼは山崎さんの持ち物で、コンバインが故障したことにより手伝いに入っているらしい。

人のよさそうな日焼けした角刈りの人が、山崎さんで、その息子さんで幸紀と同級生だという翔馬さん。
それと、馬場のお義父さんと、お義兄さんの利紀さん、お義兄さん夫婦のふたりの息子くんだ。


「すんませんな。こんなところで」


馬場のお義父さんがぺこりと頭を下げ、続けて「うちのせいで申し訳ない」と山崎さんが言う。


「お前、こんなべっぴんな嫁さんもらうとか生意気! 幸紀のくせに」


そう茶化すのはやんちゃ系のつんつんした髪型をした翔馬さんで、幸紀は「お前こそどうなんだよ」と突っ込んでいる。

意外とみんなにこやかだなと感じる中、利紀さんだけはむっつりしたまま私をねめつけている。視線が痛くていたたまれない。すっとそらしたとき、幸紀の後ろにいた浅黄が私に向かって走ってきた。


「お母さん」


頬も手も足も、泥だらけだ。普段しない肉体労働のせいか、足が若干がくがくしている。


「浅黄、危ないわよ」

「大丈夫。ほら、稲穂。僕、初めて見た」

「そうね。私もお店で売ってるのしか見たことなかった」


黄金色の稲穂を浅黄は興味深々で見ている。


「ほら、ここに米が入ってるんだぞ」と幸紀が穂先を見せていたら、「のんきなもんだな」と冷たい声が空気を割った。

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