キミが欲しい、とキスが言う

血の気が引く思いをしつつ顔をあげて周りを見渡すと、誰もがお義兄さんの方を見つめている。どうやらそのセリフを言ったのはお義兄さんらしい。挑戦的な顔で幸紀に突っかかっていく。


「農業の“の”の字も知らないような嫁をもらって、お前はすっかり都会っ子気取りかよ」

「んだと?」


幸紀は苛立ちを隠しもせず、威圧するようにお義兄さんを睨んだ。しかしお義兄さんの方も負けてはいない。


「お前は勝手だって言ってるんだよ。あの時だってそうだ。親父が反対した店に勝手に就職も決めやがって」

「昔のことまで蒸し返すなよ。気に入らないことがあるならはっきり言えよ」


突然始まった兄弟げんかに、「お、始まった」と翔馬さんは楽しそうに笑い、お義父さんと山崎さんはあきれ顔で見つめ、子供たちは少し怯えたように見入っている。

浅黄は、怖いのか私の背中にぴたりとくっついた。しがみつかれた手には泥がついていて服が汚れたけど、仕方ない、諦めよう。


ピリピリした空気の中、戸惑う私の肩がポンと叩かれた。
振り向けば、江津子さんが隣で苦笑している。


「あ、あの、江津子さん」

「ごめんなさいね。利紀さん、幸紀くんにやきもち焼いているのよ」

「そんなんじゃねぇよ!」

「あ、聞こえていたみたいね」


すぐにお義兄さんからは反論の声が上がり、ぺろりと江津子さんが舌を出す。

なんかこの人、可愛し、案外食えない感じだなぁ。

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