キミが欲しい、とキスが言う
いつもの営業スマイルで、舞台女優のように周りを見渡す。
人を引き付ける容姿は、こういう時には武器になる。
幸紀とお義兄さんは掴みあっていた手を離し、私の方に見入った。
「はい。農家の苦労は分かりません。でも今日見せていただいただけで、江津子さんがすごいことは分かりました。お義兄さんが、江津子さんをとても大事にしてるのも」
「なっ」
お義兄さんが、ここから見ててもわかるくらい真っ赤になる。
子供たちが冷やかすように口笛を吹きだした。
「私は水商売もしてますし、浅黄もこの通り金髪です。どんな目で見られるかを考えたらとても怖かった。でも江津子さんは屈託なく迎えてくれて、すごく嬉しかったです。それに、お義母さんにもとても信頼されてて、誰にでも優しくて。このおにぎり、江津子さんが持って行こうって言ってくれたんです。お陰で明るいうちにお義父さんとお義兄さんにも会いに来れました。こんなに気配りのできる人、私、みたことありません」
隣に立っている江津子さんが私をまじまじと見つめる。
「同い年だなんて、私の方が恥ずかしいです。江津子さんみたいに、素敵な大人じゃないですもん」
幸紀もお義兄さんも、毒気が抜けたように私を見ていた。
「お義兄さんと江津子さん、素敵なご夫婦ですね」
そう言ったら、お義父さんが「ひゅう」と口笛を鳴らす。
「べっぴんさんは口も上手だなぁ」と楽しそうにカラカラ笑い、「せっかくの握り飯だ。皆で食おう」と言ってくれた。