キミが欲しい、とキスが言う


 ようやく修理業者がやってきて、馬場家に戻ったときには夕方だった。十八時の列車で戻る予定だったので、慌ただしく挨拶を終える。


「なんだ、結婚式はしないのか」

「ええ。とりあえず籍だけ入れられたらと思っています」

「結婚式いいわよー。そうだ、えっちゃんの時の写真、見せてあげましょうか」

「いいよ、おふくろ。もう時間ない」


まだまだ話したそうなご両親に頭を下げ、馬場家を後にする。


「幸紀」


お義兄さんが、お野菜の入った袋を渡しながら「悪かったな」と言い、幸紀は「何のこと?」と緩く笑う。
それで仲直りなのが、どうやらふたりの決まり事らしい。


「私が送ってきますね」


と江津子さんが笑い、私に助手席に乗るように言う。
不思議に思ったけど素直に乗り込み、浅黄と幸紀は後部座席に乗った。

運転をしながら、「利紀さんのこと、悪く思わないでね」と続ける。

「お義父さんの跡を継ぐとき、彼にも諦めたものがあったの。それを全部幸紀くんがかなえているようで、ちょっと悔しかったんだと思うわ」

「江津子さん」

「それにね、私、同い年の人って聞いて少しビビっていたのよね。都会の人から見たら私なんてって、利紀さんに愚痴ったりしていたから、よけいあなたにつらく当たったんだと思う。嫌な思いさせてごめんなさいね」

「……いいえ。やっぱり素敵なご夫婦だなって思います」


見えないところで支えあって、補い合える。代りのいないふたりになる。それってすごいことだと思うから。


「私も、江津子さんみたいになりたい」

「やだ。……恥ずかしいこと言わないでよぉ」


本当よ。私も、幸紀にとって唯一無二の人になれたらと思う。
私にとって彼がそうなりつつあるように。
 

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