キミが欲しい、とキスが言う


 途中の乗換駅で夕食を食べ、電車に乗り込む。土曜の夜だというのに、相変わらず電車は混んでいて、ただでさえ疲れていた足が痛くなってきた。
電車を下りたところで、幸紀が半ば無理矢理に浅黄をおんぶしてくれる。


「僕、歩けるよ」

「いいよ。今日は頑張ったもんな。寝てもいいぞ」

「……うん」


ペトリと背中に頭をつけて、浅黄はすぐに寝息を立て始める。
いっぱい汗をかいただろうからお風呂に入れたいのに、と思ったけれど、あどけない寝顔を見ていたらそんな気持ちも引っ込んでいった。

誰かに体全体を預けることができるなんて、浅黄にとっては久しぶりの感覚だろう。背中で寝るくらい彼に気を許しているかと思えば、嬉しかった。

家に入り、起きそうもない浅黄を部屋まで連れてきてもらう。

実家に越してきてから、浅黄には自分の部屋がある。
昔は私が使っていたベッドと学習机を、男の子向けに布シールやペンキでリメイクしただけだけど、浅黄は気に入ってくれているようだ。


「よいしょっと。ずっと抱えてりゃ浅黄も重たいな」

「そりゃそうよ。二十五キロくらいあるわよ」

「米袋よりは軽いんだけどな」


比べる対象が米袋なところに笑ってしまう。
浅黄に布団をかけ、部屋を出ようとしたところで、壁によりかかっている彼に微笑みかける。

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