キミが欲しい、とキスが言う

最近の馬場さんは、とても機嫌がいい。というのが、俺、数家光流の見解だ。


「橙次さん、味チェックお願いします」

「おお? お前、下ごしらえ全部してくれたのか? 悪いな」

「最近調子いいんで。これで仕事量的には十分でしょ。ちょっと早抜けさせてもらっていっすか」


そしてやたらに早く帰りたがる。
現在昼番多めで組んでいるのもあって、夜メンバーが彼と一緒になることがほとんどない。


「お疲れー。まだ幸紀いる?」


馬場さんが着替えのために事務所に行こうとしたときに、高間さんが息を切らせて入ってきた。
店長に聞こえないように馬場さんの肩を掴んで店舗の方まで出てくると、


「今度の夜番の日、後空けとけよ。飲みに行くぞ。数家もな、空けとけよ」


と囁く。


「はあ」

「最近付き合い悪いぞ」


高間さんはガス抜き飲み会がしたくて仕方がないのだろう。
馬場さんがいない日でも、茜さんとどうなってるんだろうな、と俺に探りを入れてくる。

気になるのは分かるんだけど、なぜ俺が情報持っていると思うのだろう。
馬場さんと親しいのは、どちらかといえば仲道さんじゃないかと思うのだが。


「数家。次の幸紀の夜番シフトいつだよ」

「えっと、月曜日ですね」

「その日の昼シフトは?」

「店長です」

「よっし、じゃあその日。【粋】に予約入れとこ! さあ、着替えだ着替え」


高間さんは心底楽しそうに、馬場さんの背中を叩き事務所へと向かう。

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