キミが欲しい、とキスが言う

……楽しそうなのはいいんだが、と若干心配になる。

店長が房野と結婚し、仲道さんはもともと既婚。他のパートさんたちも既婚者が多く、今この店で独身者は、高間さんと馬場さんとバイトの上田と俺だ。
俺は彼女と順調に交際中だし、上田は若いし、房野に振られたばかりでもあるから独り者でも仕方ない。

これで馬場さんが茜さんとうまくいっているんだとしたら、一番焦らなきゃいけないのは高間さんだと思うのだが。もう三十五歳だし、人の恋路より自分の恋路を心配してほしい。

思案していると、早めに来て掃除をしていた房野の姿が視界に入る。なんだか顔色が悪いような気がするのは気のせいか。


「……大丈夫?」


モップを奪い取るようにすると、房野はふらりとよろけて壁によりかかった。


「あっ、ごめんなさい」

「謝らなくていいけど、体調悪いなら無理することないよ」

「大丈夫です。ちょっと貧血みたいで」

「貧血ねぇ。ちゃんと食ってる? マグロとかにも意外と鉄分あるんだよ。あと食べ合わせで吸収率をよくできるから、その辺は店長に相談するといいよ」

「はい。ありがとうございます」

「とりあえず、客入る時間まで座ってできる仕事してて。箸とかつまようじとか詰め直ししておいてよ」


モップはそのまま奪い取り、やることを促すと房野は頭を下げて、在庫を補充に小走りに事務所に向かった。

よくも悪くも真面目なんだよな。
体調が悪い時はこっちに振ってくれればいいだけなんだけど、時間があけばなんでもやろうとする。
本当はしばらく休んでいた方がよさそうな顔色だけど。

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