キミが欲しい、とキスが言う
徒歩圏内の【U TA GE】によって鍋を戻し、戸締りをして今度は【粋】へと向かう。
店に入れば、相変わらずむさくるしい男性客ばかり。
「おういらっしゃい。いつもの席だ」
「はい」
怖もての店長に頭を下げ、奥の小上がりに行くと、仲道さんと高間さんが、馬場さんを囲むようにして詰め寄っている。まあ当の馬場さんは平然と飲み続けているのだけど。
「お、数家。遅いぞ」
馬場さんは目線を上げ、手招きすると俺に皿に乗ったピーナツを差し出した。
「この店にこんなメニューありましたっけ」
「大将に土産って渡したら出してきてくれた」
「土産?」
「土曜に実家帰ってて、買ってきた」
「へぇ実家」
……実家に行くほど深い仲?
予想外の進展具合に俺はどこまで突っ込んでいいのか分からなくなる。
「それよりさー。ほら、数家も来たことだし、言っちゃえよ、幸紀。茜さんとどうなってんだ」
楽しそうに前のめりになる高間さんと、
「ダメならダメで俺はいくらでも励ましてやるからな。正直に言えよ」
なぜか最初からマイナス思考の仲道さん。
馬場さんはふたりをちらりと見た後、グラスの日本酒を一気に飲み干し「そういえば数家」と俺に話を振る。
「はい?」
「言い忘れてたが、俺、引っ越ししたんだ」
「あ、そうなんですか。最寄り駅とか変わります?」
交通費の手配など、事務仕事の大方は実は俺がやっている。本来店長の仕事だと思うのだが、事務仕事は得意なので特に文句はない。