キミが欲しい、とキスが言う
二日酔いになるのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
外側から金づちで打ちつけられたような痛みに眉を寄せながら、俺はキッチンでグラスの水を飲みほした。
「つまり、賭けは私の勝ちだってことだねぇ」
背中同士を合わせて、俺によりかかっているのは妻の瑞菜。
昨日(というか今日だが)夜中に酔っぱらって、しかも意識もなくなるほど飲んで後輩に送られてきたことを怒っているのか、朝からこんな調子でつっかかってくる。
「イチくんのおごりだねぇ?」
「次の結婚記念日の話だろ?」
「でもこんなに早く決着ついちゃったんなら、来年まで待つのなんか嫌だなー。……あ、そうだ! じゃあ、馬場くん一家をご招待してよ。で、料理はイチくんがつくるの。それでどう?」
「どう……って」
なぜ、幸紀を呼ばなきゃいけないという感想が最初に出た。
瑞菜は目を爛々とさせ、俺を見上げてくる。
おねだりの時の顔だ。
おそらく、単純に茜ちゃんを見たいんだろうとは思う。
彼女が橙次さんの元カノであることは、俺がばらしていたし、以前車を貸したときに、「どんな人なの?」といつもの調子で問いかける瑞菜に、馬場はしれっと「すげーいい女ですね」と言ってのけた。
顔色を変えずにのろける男の子は初めて見た! と瑞菜は興奮しきりで、あれ以来なんだかんだと馬場の恋愛の進捗について知りたがる。
そして昨日、俺は知ってしまったのだ。
やつの恋が成就どころか結婚目前までいっていたことを。そして酔ったままの勢いで、それを瑞菜に白状してしまったというわけだ。
ふた月ほど前にした結婚記念日の賭けは俺の負け……ってことで、俺に拒否権は無い。
「……空いてる日聞いておくよ」
今日も、俺は瑞菜の言いなりだ。