キミが欲しい、とキスが言う
本日の料理担当を命じられている俺は、すぐさまカウンターキッチンに戻り、天ぷら鍋に火をかける。
そのとき、下の方から何かに引っ張られた。
「ももちゃんが、へん」
千利だ。必死にジーパンのウェストのあたりを掴んで引っ張ろうとしている。
なにがあったかと、一度火を止め、頭を軽く撫でてから玄関に様子を見に行った。
すると、百花がクマのぬいぐるみを腕に抱いたまま立ち尽くしている。
「おい、もも。なにしてんだ。こっちで皆と一緒に遊べよ」
呼びかけても無言。
確かに千利じゃなくてもこれは心配になる。
「もも?」
顔を覗き込むと、彼女は頬を染めたままクマをぎゅっと抱きしめている。
「……おうじさま」
「は?」
いきなりどうした。昼間読んだ絵本かなんかか?
「おうじさまってほんとうにいるんだ……!」
千利が両手で絵本を持って小走りにやってくる。
『シンデレラ』と書かれた表紙には、階段途中に転がるガラスの靴と、綺麗に着飾った逃げるシンデレラと、それを追いかける金髪の王子が描かれていた。
「ベタなの読んでるんだな」
でも理解。
ももにとって、王子さまとは金髪。
金髪と言えば浅黄くん。しかも絵本に負けない美形だ。
ももには、絵本から抜け出た王子様に見えたのだろう、きっと。
「パパ。もももドレスきなきゃ」
「落ち着け、もも。王子様は今日は普通の格好しているだろう?」
だからもももそのままでいいんだよ、といえば「あ、そっか」といい「パパ、ガラスのくつって持ってる?」と聞かれた。