キミが欲しい、とキスが言う
帰るに帰れなくなっている馬場一家は、ほほえましく見ていてくれるけど、これはどうしたもんか。
そう思ったとき、浅黄くんがポケットからハンカチを取り出した。
「ももちゃん、泣かないでよ。また、遊びにくるから」
「うわあああ……えっ?」
突然泣き止む百花。女は現金。こういうところは瑞菜そっくり。
「ホント?」
「うん。でも僕、また泣かせちゃうと思うとこれなくなるから、笑ってよ」
うわあ。
何だこの子。天然タラシかよ。
ももは、涙でべったべたに汚れた顔に、必死に笑顔を張り付けた。
「あ、あさぎくん、バイバイ」
「うん。またね、ももちゃん。せんりくんも」
「ばいばあい」
最後にまた泣きそうになったから、ここは女のプライドを立ててやらねばと、馬場にもう行くように目くばせした。
奴は小さく頷くと、「じゃあごちそうさまでした」と茜ちゃんと浅黄くんを促して出ていく。
パタンと、玄関扉が閉まったところで、再びももの涙が決壊する。
瑞菜に手を伸ばして、「ママぁ、抱っこ」と必死でせがむ。
「仕方ないな。千利、こっちにおいで」
「やだ。ぼくもいっしょ」
ももが泣くと連鎖反応で千利も泣く。こうなると泣き止ませられるのは瑞菜しかいない。
「イチくん、いいわよ。ほらおいで、もも。せんちゃんはこっち。ちゃんとしがみつかないと落っこちるよー」
小さな体で、しがみつく子供ふたりを抱えて、よろよろしながら瑞菜は寝室へと入っていく。
母親はたくましい。
そんな姿にどんなにスタイルの良い美女を見ているときより吸引力を持って引き付けられるのは、俺も父親になったからなんだろう。