キミが欲しい、とキスが言う
それで僕は知った。
妊娠させてしまう行為に、“避妊法”という、させるのを回避させるための手段があることを。
つまり男にだって、“妊娠させてしまったかもしれない”と疑いを抱くことはできる。
全く身に覚えがないなんてことはあるはずがないのだ、と。
疑うべき行動をしたのなら、頃合いを見て連絡くらいよこすはずだ。
それをしないのは怠慢だし、罪だろうと僕は思う。
そして目の前の男は、それを“しなかった男”だ。
「浅黄。……僕は君を愛しているよ」
目を潤ませて語る彼は純粋だ。どうしようもないほど。
“愛”という言葉だけで、全てを補完できると信じている。
“彼は知らなかったの”といった言葉が、母さんの優しさであることにもこの男は一生気づかないのだろう。
吐き気がした。
自分とよく似た彼の顔を見ていると、間違いなくこのどうしようもない男の血を引いていることを実感して、頭をかきむしりたいくらい嫌だった。
いっそ爪で顔を傷だらけにしてしまいたい、と思えるほど。
「どうぞお元気で」
それでも、胸の内に宿る怒りを隠して、あたり障りのない言葉を選んで笑顔を張り付ける。
今更攻めたてたところでどうにもならないことを知っているからでもあるし、これ以上関わりあいたくないから、さっさと消えてほしかったからでもある。
僕は母さんのようにはなれない。
この男を、多分一生許さない。二度と近づかない、近づいてきたとしても笑顔ではねつける。
お前なんかいらない男なんだと、存在すら必要ないんだと、態度で雄弁に語ってやる。
彼の差し出した連絡先を、僕は受けとらなかった。