キミが欲しい、とキスが言う
「話がそれだけなら帰ります」と背中を向けたので、彼が最後どんな顔をしていたかは知らない。
傷ついていればいい、とだけ思った。
髪が真っ黒になればいいのに。
父さんのように、細い目になればいいのに。
願っても願っても顔は変わらない。
王子様みたいだね、なんてクラスの女の子たちは言うけど、僕はこの顔が大嫌いだ。
お父さんや幸太みたいな黒髪になりたい。
僕が大好きな人たちみたいになりたいのに、僕は世界で一番大嫌いな人にそっくりだなんて。
「帰り、店にいくんだろ? 俺も行っていい?」
幸太の声に、現実に戻される。人懐こさは変わらないまま、幸太は僕の隣にいてくれる。
「いいよ」
「浅黄の父ちゃんの飯、うまいからなぁ」
幸太が言う“僕の父ちゃん”は実の父親であるアメリカ人のことではなく、今の父さんのことだ。
大柄で無骨なイメージがあるのに、話せば結構優しいし甲斐甲斐しい。
母さんを助けるための術や、言葉にして伝えることで守れることがあるんだということを、僕は彼から教わった。
高校から家に帰るまでに電車を一本乗り換える。
その、乗換駅にあるのが、【宴(EN)】という店だ。
父さんが以前勤めていた【U TA GE】という店からのれん分けしてもらった形で店長を勤めている。そこで、母さんも一緒に働いている。今の時間なら、保育所に預けられている妹の萌黄(もえぎ)も帰ってきているだろう。