キミが欲しい、とキスが言う
「おにーちゃん!」
「萌、ただいま」
飛びついてくるのは、保育園の年長になったばかりの妹、萌黄だ。
弟が欲しかったのに、と思ったけれど、妹は妹でかわいいからよしとする。僕と似た名前だけれど、つけたのは父さんだ。
「茜と浅黄ときたら、やっぱり色の名前の方がいいんじゃん?」
と言ってしまえる父さんに、幼心に驚いた。
彼には、僕の本当の父親に対する嫉妬とかはないんだろうか。
色の研究をしているという父を思えば、僕は自分の名前を捨て去りたい気分にもなるのに。
「ご飯食べたら、萌を連れて帰ってくれる?」
「うん。いいよ」
「幸太お兄ちゃんも一緒ね?」
「そうだぞー。俺と遊ぶか?」
「遊ぶ遊ぶー」
「あははー、萌ちゃんは可愛いなー」
萌は、どちらかというと僕よりも幸太に懐いている。
そんな萌を見るたびに、頭をかすめる顔がある。
昔、父さんに連れられて行った同僚の人の家の子で、別れ際、めちゃくちゃに泣いてくれた女の子。
機会がなく、あれ以来行っていないのだけど、なぜか時々思い出す。
萌が大きくなるにつれ、その記憶が鮮明になってきたのは、どこか印象が似ているからだろうか。
――元気かな。
やだぁと声をあげて泣いた。
僕は素直なあの声が、あの時とても羨ましかった。
ダダをこねるということを、それを許されるということを、どれほど自分が欲していたのかとあの時に気づいた。
でも僕はあの時もう八歳で。
がむしゃらにダダをこねる時期は過ぎてしまっていて。
だからあの子のことが、とてもまぶしく見えたんだ。