キミが欲しい、とキスが言う
おろそうかどうか、すごく悩んだ。
母親になる覚悟なんてない。だけど自分が人の命を絶つ覚悟だってなかった。
悩んでいるうちにも、日は過ぎた。
親にも友人にも言えないまま、体の中で命だけが育っていく。
幸い、つわりはほとんどなく、私は結論を出せないまま日々の暮らしをつづけた。
だけど、店のママは敏感だった。
私がお酒を飲まないようにしているのに疑問を感じていたのかもしれない。
「アカネちゃんさぁ、何かあった?」
「何かってなんですかぁ?」
「最近お客さんに付き合わないでしょ、お酒」
「えーだって、仕事中ですし」
「前はちょっと飲んだりしてたじゃない」
誤魔化せば誤魔化そうとするほど、話す言葉と表情が一致しなくなる。
ママはため息をついて、私を店の奥に引っ張った。
「単刀直入に聞くわ。妊娠したんじゃないの」
あまりにもはっきり過ぎて、言葉を失う。
「……なんでわかるの、ママ」
「女ってね、妊娠すると顔つき変わるのよ。私は、今まで何人もそういう子見てきたの。……どうするの? 産むの、産まないの?」
選択肢を突き付けられても、自分では選べない。
「私……」
戸惑うばかりの私に、ママは再びため息を吹きかけた。
「相手は? あの留学生の子?」
「ママ、知って?」
「付き合ってるのは知ってたわ。知ってるの、このこと」
なんでも見透かしているようなママに、嘘なんてついても仕方ないと思った。
「彼は帰国したの。……もう別れた」
「……っ、だったらおろしなさい。医者なら紹介するわ」
急に声を荒げられて、全身が総毛だった。