キミが欲しい、とキスが言う

 最終生理日を聞いた女性医師は、眉根を寄せて「なぜもっと早く来なかったんですか」といい、「失礼ですが、ご結婚は?」と聞いた。


「していません。……する予定もありません」

「そうですか。……妊娠しています。もう十三週です」


そのまま沈黙する。医師は少し声をひそめて言った。


「おめでとうございます……と、言ってもいいですか?」

「……あの、私」

「もし中絶をお考えなら、早くしないと可能時期を過ぎます」


サバサバした医師の態度に、頭の芯が冷えてくる。
産む産まないは、そう長いこと悩めることじゃない。
知っていたつもりだったけど、目前に突き付けられるまで私は逃げていた。

こんな人間が母親になれるわけないじゃない。
子供だって迷惑よ、きっと。


「そ……ですね」


そう、仕方ない。私だけのせいじゃない。

何とか納得させようと考えても、心にザワザワしたものが残る。
目を伏せようと先生から視線をずらしたとき、目の端でモニターの中にいた白い胎児を見てしまった。


「……っ」


手も足も、ある。
窮屈そうに体を曲げて、私の中で生きている。


「中期中絶になりますから、通常の出産と同様の形を取ります。失礼ですが、付き添ってくださる方はいらっしゃいますか」


医師の言葉は途中から頭に入ってこなくなった。

私には覚悟も何もない。
育てられる自信もない。
だけど、お腹の子は生きてる。おろすということは人殺しになるってことだ。

全身の血が下がっていく感じがして、私は突発的に叫んでしまった。
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