キミが欲しい、とキスが言う
「う、……産みます」
戸惑う医師や看護婦を無視して、私はカバンから携帯を取り出し、震えながら実家に電話を掛けた。
数年前に家を出てから顔も見せなかった娘の電話に、母はどう思ったんだろう。
私はただ泣きながら、母に向かって「助けて。産みたいの」と叫んでいた。
興奮した私には落ち着くようにと個室があてがわれ、電話を受けてやってきた母と数年ぶりの再会を果たす。
「お母さん」
「茜、妊娠ってどういうこと。相手は誰なの」
こわばった声の母。色々なことを責められているようで、まっすぐに顔が見れない。
それでも、母の腕を必死に握りしめた。
「お願い、助けて。私、殺したくない。人殺しになりたくないの」
この子を生かしたい、というよりは、その気持ちの方が強かった。
母親とは名ばかりの、自己中心的な欲求。でもそれが本音だった。
問い詰める母の質問には何も答えず、私はそれだけを言い続けた。
父に言えば「おろせ」と言われるのは目に見えている。
だから、味方は母しかいない。
母がダメだと言ったら、先は真っ暗だと思った。
母は呆れたようにため息をつくと、「分かったわ」と言った。
それでようやく顔を見る勇気が出て顔を上げると、数年前よりずいぶん年老いて見える母と対面した。
金色の髪、皺の寄った目尻、青い瞳が見透かすように私を見ている。
「……茜は私の娘だもの」
「お母さん」
「家に帰ってらっしゃい」
全身から力が抜けたようだった。
私は頷きながら、また泣いた。今度は、安心しての涙だ。