キミが欲しい、とキスが言う
それから数週間ののち、お腹が出てきたのを機に仕事を辞め、出産のために実家に帰る。
父は、汚いものを見るように私を見て、執拗に相手のことを問いただしたけれど、もう海外の空の下だと知ると諦めたように受け入れてくれた。
できるだけ近所に顔を見せるなと、体面ばかりを気にしてはいたけれど。
出産の日、産まれてきた金髪の赤ん坊を見て、母は笑ってくれた。
「自分と同じ髪色の孫ができるなんて、諦めてたから嬉しいわ。……茜。この子は間違いなく私の孫よ。何があっても、私が味方でいてあげる」
嬉しかった。
この子の味方は私だけじゃないと思えることが、ものすごく心強かった。
「名前、どうしましょうか」
続けてつぶやく母に、私は「もう決めてあるの」と告げる。
「浅黄。私が茜で、本当だったら性はブラウンだから、色の名前がいい」
「それ、色の名前なの?」
「そうよ。たぶん黄色っぽい色」
私だってちゃんと知っていたわけではなかったけれど、彼の話によく出てきた言葉で語感がいいなと思っていた。
もし金色の髪だったら、似合いの名前だろうと思っていた。
出生届を出す直前に、きちんと調べてみたら、浅黄を“あさぎ”と呼ぶのは平安時代だけで、今はうすきと読むらしい。
浅葱という同じ音の読みで青色に近い色があるのだと、そこで初めて知った。
私らしい間抜けな失敗。でも、今更浅葱という字に変える気にはならなかった。
この子はもう、“浅黄”だ。