キミが欲しい、とキスが言う
「用意、できた」
やがて浅黄がやってくるのでレタスをむいてもらう。
私は行き当たりばったりな性格で、結構人を振り回す方だと思うけれど、浅黄は逆に慎重で素直で従順だ。
怖がりで泣き虫なところはあるけれど、手はかからない子供だと言っていいだろう。
「学校でなんか嫌なことない?」
「別に」
「じゃあ楽しいことは?」
「それもない」
表情は変わらないまま、淡々と語る浅黄。
男の子だからこんなに感情表現に乏しいのか、それとも愛情が足りていないからなのか、分からなくて時々心配になる。
「……お母さんは?」
「私も大丈夫よ。浅黄がお利口さんで助かる」
「そう」
口元が少しだけ微笑む。それ以上を問いただしていいのかわからず、私は鼻歌を歌ってごまかした。
いい子ではあるけれど、大人し過ぎるこの子を見ていると、少しだけ胸がざわざわするのだ。
「さ、できた。食べようか」
唯一の団らんの時間とも言える朝食時間を終えるころ、玄関のチャイムが連打される。
「幸太だ!」
朝から今までで一番の笑顔を見せ、浅黄が玄関に向かう。
「ちょっと待って」、「おっせーな」という軽口を交わして、すぐ洗面台に向かって歯磨きを始めた。
その間に、私は手早く着替えて玄関先に出る。
「おはよ。幸太くん、いつもありがとうね」
「浅黄どんくさいからな!」
そばかすの頬をこするようにして、へへ、と笑う。
同じクラスの幸太くんは、浅黄の昔からの友達だ。他の友達が、浅黄の容姿をバカにした時も、私の仕事のことで変な噂をされても、幸太くんだけは変わらずずっとそばにいてくれた。