キミが欲しい、とキスが言う

「おまたせ」

やがて、ランドセルを背負って、用意を整えた浅黄が出てくる。

「行ってらっしゃい」

階段を下り、廊下から見える道路を歩いていくのを見届けると、ほっとする。
朝のこの時間が、浅黄の母親としての自分を試されているような気になってしまうのだ。
誰にかと問われたら、それは分からないんだけど。


「さて。片づけなきゃなー」


小学校に通うようになってから、朝寝坊ができないのが辛い。
片付けなんかを終わらせてからもう一度仮眠するものの、なかなか疲れがとりきれない。

家事を終わらせ、内職でしているアンケートモニターの報告書をつくる。
コスメの使用報告なんかを書くだけで稼げるのだから割とおいしいと思って、出産後から始めている。

そして夕方、本業のスナックに出勤するというのがいつもの生活スタイルだ。

普段なら出勤前に昨日のお礼がてら【U TA GE】によって食べてから行くのだけど、馬場くんがいるかと思うと、それもちょっと気まずい。

悩んだ私は、結局店の前まで行ったものの、踵を返して違う店に入った。
あんまりおいしくないおそばをすすりながら、橙次にメールを入れる。


【昨日は雑炊ありがとう】


仕事中はそんなに見ないだろうから、気づくのはきっと夜中だろうけど、まあいいや。

何事もなかった顔で会うには、昨日のキスは印象的過ぎたのだ。

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