キミが欲しい、とキスが言う
「……帰るわ」
私は両手を頬にあてて立ち上がった。頬が熱いからやっぱり酔ってるんだわ。
冷やしたいなとも思うけど、気温も高いからか手も温まっていてちっとも頭が冴えてこない。
店を出てから、馬場くんが追いかけてきて「送りますよ」と言ってくれたけど、「いらないわ」と言って流しのタクシーを呼び止めた。
「平気、乗って帰るから」
「……茜さん」
「ごめん、私、飲み過ぎたみたい。訳わかんない。変なこと言ってたらごめんね」
「……あの」
「じゃ、またね」
いつもの軽い調子で言ってタクシーに乗り込んだ。
やっと乗ってくれたかと言わんばかりの態度で、運転手さんが振り向く。
「お客さん、どこまで?」
「え? ああ。えっとね」
一瞬思い出すのに時間がかかった住所を告げると、タクシーは静かに動き出す。
ふと、後ろの窓を見ると、その場に立ち尽くしていた馬場くんがどんどん小さくなっていった。
さっさと中に入ればいいのに、なにしてるのかしら。
視界が軽く揺らいだ。後ろを向いていたら、ますます酔いが回ったみたい。
「うー、気持ち悪っ」
「お、お客さん、大丈夫ですか?」
小さくうめいたら、運転手さんが本気で焦った声をだす。
それが可笑しくて私は笑い出してしまった。
「あははっ、大丈夫よぉ」
「気持ち悪い時早めに言って下さいね。ビニールもありますから」
「やだぁ、準備いい」
「この仕事も長いですからね」
「吐いたお客とかいたの?」
「そりゃいますよ、たくさん」
話しているうちに運転手さんも砕けてきたのか、色々な話題を振ってくれる。結局そこからずっと運転手さんと話し続けて、吐くこともなく無事に家の前にたどり着いた。