キミが欲しい、とキスが言う
「はい。お待ちください」
態度の悪さは伝わっているだろうに、健気にもつぐみちゃんは営業スマイルを浮かべたまま、厨房へと入っていく。幸せそうな彼女に、嫉妬している自分に気づいてまたへこむ。なんでこんな了見の狭い女なんだ、私は。
「どうぞ」
目の前に差し出されたのは、黄色みがかった炭酸飲料だ。
「レモンジンジャーです。お疲れのようなので、どうぞ。俺のおごりです」
顔を上げれば光流くん。じっと見つめたら「昨日のお詫びです」と言い訳された。
「ありがとう。いただくわ」
しゅわしゅわと口に入った途端に弾ける。内側からの攻撃には、強がりは効き目がないみたい。
急に力が抜けてきて、へたりこむようにテーブルにつっぷした。
「……今日、ちょっと変ですよね、茜さん」
「変……か、そうかもね」
なんでか胸がざわざわする。
きっと馬場くんのせいよ。何を考えているか分からないから、落ち着かなくて仕方ない。
だからと言って、どうすれば落ち着くのかもわからない。
結局自力でいつも通りのテンションに戻して、仕事に行くしかないんだけど。
「……光流くんの彼女はいいわね。これだけ気遣い屋さんが相手なら安心でしょうよ」
ちょっとの変化も見逃さないもの。安心して頼れるわよね。
「さあ、どうでしょう。俺の彼女は面白いくらいパワフルなので、助けなんていらないかもしれません」
矛先が変わったのに気づいてか、それだけ告げると光流くんは苦笑して去っていく。
仕方なく手持無沙汰からスマホをいじっているうちに、運ばれてきたのはもつ鍋だった。
「もつ?」
「ええ。ストレス解消にはもつ鍋だって店長が」
光流くんの一言に笑ってしまう。
そうか。橙次には、私がストレス溜まってるように見えたのね。