キミが欲しい、とキスが言う


スナックでの仕事を終わらせ、家に帰り着いた時にはもう深夜一時は過ぎていたと思う。
階段を上っていると、二階から扉の開く音がする。
もう嫌な予感しかしないわ。


「お帰り、茜さん」

「……ただいま」


大きな体を廊下の欄干に預けて、馬場くんが目元だけで笑って見せる。


「疲れてます?」

「今、一気に疲れた。ストーカーなの? 馬場くん」

「ここは俺の家でもあるので、ストーカーではないと思います」


悔しいことにその通りなんだけど。
そもそもここがあなたの家になった経緯に問題があるとは思わないの?

睨んでいたら、馬場くんが降参の姿勢を見せるように両手をあげた。


「まあ、この間のことがあるので警戒されているのは分かりますけどね。許可もらうまで何もしませんよ」

「どうだか」

「失敗だと思ってるので、もうしません。顔も見られないんじゃ、行動に移した意味ないですからね」


さらりと言ってのけるけど、どこまで信用していいんだか。
彼との距離が測りかねる。私に言い寄るならもっと簡単な手順を踏んでくれればいいのに。


「私と話したいなら店にこればいいじゃない。笑顔で対応してあげるわよ」

「行きませんよ」


はっきり言いきられて、それはそれで不愉快だ。
私を好きだというなら、売り上げに貢献してくれてもいいじゃないの。

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