キミが欲しい、とキスが言う
「何のつもり?」
「何って、……挨拶? お隣さんだし、警戒されても困るでしょう」
「子供まで振り回さないでよ」
「振り回してるつもりなんかないけどな」
どうだか。現実問題私は今、あなたに振り回されまくってる気がするんだけど。
「浅黄に変な事しないでね」
「変なことって?」
問い返されて、一瞬返答に困ってしまった。
具体的にと言われると、思いつかないものなのね。
「あの子が嫌がるようなことしないでよってこと」
「ああ、分かった。それならしない」
「ホントね? 約束だからね」
人差し指を立てて、彼の鼻先に突き付けてやったら、視線が指先に向かってより目になる。
「やだ、変な顔」
思わず吹き出してしまう。
普段は無表情に近い馬場くんの変顔は、意外すぎて面白い。
笑い声が止められなくなって、お腹が痛くなって体をくの字にして抑える。
「そこまで笑う?」
「ごめん、おっかしい」
変にツボに入ってしまった。私の笑い声が響くのか、通りを歩いている人たちが時折上を見上げる。
サラリーマンも学生も忙しい通勤時間帯だ。のんびり話している私たちはかなり異質な部類に入るだろう。
でも、こんなに笑うのもなんだか久しぶりだ。
お客相手の愛想笑いでもなく、子供に向ける安心させるための笑顔でもない。
羽根でも生えたみたいに、心が軽くなる。笑うのってこんなに清浄効果があるんだっけ。