キミが欲しい、とキスが言う


 それから、一週間ほどが過ぎた。
馬場くんは毎朝のように浅黄たちの通学時間に廊下に出ていて顔を合わせる。幸太くんはかなり警戒を解いてきているらしく、浅黄の準備が整うまでの間、馬場くんと楽しそうに話していたりもする。


「幸太、お待たせ」

「あ、浅黄が来た。じゃあね、おっちゃん」

「おっちゃんじゃなくて馬場さんって呼べ」

「じゃあ、馬場ちゃんね!」


私も浅黄も、面食らってしまう。幸太くんは人懐っこい子だと思っていたけれど、あの無口な馬場くんとこんなに簡単に仲良くなるなんて。


「行こう、幸太」

「気を付けてね」


ふたりで連れ立って歩きながら、浅黄の方は何度も振り返る。
何か忘れものでもしたかしら、と手振りで聞いてみたけど小さく首を振って、その後は一度も振り返らなかった。


「あの子、毎日迎えに来るんだな」

「幸太くん? うん。そうね」

「下で待ち合わせにすればいいのに、なんで?」


そう言われてみてはじめて、普通の人にはおかしく見える状況なのか、と思う。


「まあ、いろいろあって」


濁した言い方をしたけれど、不自然さは伝わるのだろう。「迎えがいるような状況なの?」と突っ込こまれた。


「馬場くんには関係ないでしょ」

「関係ないなら言いやすいでしょ」


突き放しても食いついてくる、予想外の返し。
返答に困ってしまって彼を見上げると、言葉とは裏腹に、まるで関心がないようにこちらをちらりとも見ずに缶コーヒーを傾けている。

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