キミが欲しい、とキスが言う

浅黄のことは、デリケートな問題だしと思うと、うまく誰にも相談できなかった。

確かに関係のない人なら、余計な口を挟まず聞き流してくれるのかしら。
言ってしまったらすっきりできるのかもしれないけど、それが本当にいいのかどうか分からない。

私が悶々と悩んでいる間、馬場くんは一言も話さない。ただ、立ち位置を変え私の隣に佇む。

風が汗ばんだ肌を優しく撫でる。東からの朝日が、大柄な馬場くんによって遮られているからそこまで熱くないのだと、彼の影を見ていて気付いた。

そんな風にさりげなく優しくできる人なら、ただ聞き流してくれるかもしれないなと思ったら、するりと言葉がこぼれ出た。


「幸太くんは……心配して、迎えに来てくれてるの」

「ふうん」

「浅黄、いじめっぽいことをされていた時期があるから」


本来、集団登校の集合場所はここから少し離れたクリーニング店の前だ。
最初はお互いばらばらに集合場所へ行っていたけれど、三学期のはじめ、浅黄がお腹が痛いと言って数日休んでから、幸太くんは迎えにきてくれるようになった。

私自身はその時は何も気づかなかった。
当時、幸太くんは隣のクラスだったから、迎えに来ることを不思議には思ったけれど、でも保育園から一緒だからかなと気にも止めていなかった。

それからしばらく後の学年最後の学習参観の時、私はようやく状況を理解した。

浅黄の周りだけ、空気がなんとなくおかしい。
先生の前では絶対にやらないのに、休み時間に浅黄を見て、くすくすと笑う数人のグループ。
プリントを配るときに、浅黄のところだけ角をぐちゃぐちゃに握りしめて渡す配りもの係。
< 56 / 241 >

この作品をシェア

pagetop