キミが欲しい、とキスが言う
さっきの私のお断りは受け取ってくれてないんだな。
平気な顔で“次回”なんて言っちゃうの、すごいマイペース。
「……悪いけど、好きなところなんて思いつかないわ」
浅黄が生まれて以降、出かけるときは浅黄を中心に考えなきゃならなかった。
今更、自分が行きたいところと言われても、正直思いつかない。
遊びに行くほどの余裕なんてなく、思えば最近の恋愛は体の欲求を満たすためのものに成り下がっていた。
それくらい、普通の恋愛からは遠ざかってしまった。
この感覚は、間違いなくまだ一度も結婚したことない馬場くんとの間では溝になるだろう……と思ったのに。
「そうか。じゃあ、一緒に探しましょう」
「え?」
「いろんなところ、一緒に行って、好きになれるところを探しましょう。今日の科学館みたいに」
彼はあっさりと私の意見を覆す。
「……えっと」
すごい前向き?
戸惑っているうちに助手席に押し込まれて扉を閉められる。
「ほら、時間時間。そろそろ向かわないと遅れますよ」
「あ、そうね」
車は閑静な住宅街を抜け、やがて繁華街へと入っていく。ここまでくると、馬場くんも車が増えたことで運転に集中し、言葉数が少なくなる。
「……送ってくれてありがとう」
そう告げて降りたところで、「茜さん」と呼び返される。
「俺、そう簡単には諦めませんから」
「なっ」
「じゃあ」
今更、こんなふうにドキドキする自分をどう扱えばいいのか分からない。
私は、返事ができないまま、滑り出した車を見送った。