キミが欲しい、とキスが言う
5.優しさは日常に溶ける

 女というものは、恋の気配には浮かれるものだ。
 それは三十を過ぎた子持ちの女でも変わらない。真摯な瞳に、私を好きだといった声に、動揺していないと言ったら嘘になる。気が付けば馬場くんを思い出す自分に、落ち着けと言い聞かせるのが日課のようになってしまった。

 お休みの本日。浅黄たちを見送った後、寝直した私は、昼過ぎに起きだした。なんとなく隣の音が気になって耳を澄ましてしまうけれど、この時間帯はいつも静かだ。何度もベランダに出てしまっては、気恥ずかしさに一人で落ち込む。


「……バカみたい、私」


あんな風に、真面目に恋愛しようとしている人と私がうまくいくわけないじゃない。
本気で好きになってから振られるのはもうこりごりだっていうのに。何度も同じことを繰り返しているようじゃあ、本物のバカだわ。

今日は浅黄に直接こっちに帰ってくるように言ってある。お給料も入ったし、気分転換に久しぶりに外食も悪くない。そうだ。そうしよう。回転ずしとかなら、量を食べない私たちには案外安くあがったりするしね。

そんな風に、浅黄の帰りを待っていたのに、子供には子供の付き合いがあるらしい。


「ただいま。幸太と遊んできていい?」


帰ってきて開口一番そう言われては、不満も口には出せない。仕方なく「いいわよ」というと、嬉しそうに去年のクリスマスに買ってあげたゲーム機を後生大事そうにリュックに入れて、背負いなおした。

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