キミが欲しい、とキスが言う


 幸太くんの家は、近くのマンションの二階にある。住宅ローンが大変だとは言うけれど、アパートに住んでいたって同じように家賃を支払わなければならないのだから、いつか自分のものとなるっていうのは羨ましい。

まあ、今みたいな先の見えない生活を送っているようじゃ、家なんてとてもじゃないけど買えないけれど。

 玄関ベルを押すと、幸太ママが出迎えてくれた。私が差し出した刺身の乗った器を見て、目を見開く。


「すごい! どうしたの? 浅黄ママさばけるの?」

「ううん」

「馬場ちゃんだよ! お母さん」

「馬場ちゃんって、浅黄くんの隣の家に越してきたって人?」


幸太くんはお家で色々なことを話しているらしい。まさか馬場くんのことまで幸太ママが知っているとは思わなかった。
彼女は、「どんな人なの?」と、怪訝そうな顔をして私に視線を送る。


「悪い人じゃないわ。前に行った【U TA GE】の板前さんよ」

「あああの店か。……なに? なんかいい感じなの?」

「別に。ただ、……急に隣に越してきて、知り合いだから顔合わせてるだけよ」

「またまた。いいじゃないの、浅黄ママ、独身なんだし。今度教えてね。夏休みの打ち合わせもしなきゃだし」

「ああ、そうね」


そうだ。もうすぐ夏休み。クラス行事を一つしなきゃいけないんだった。
夏はプールと決まっていて、もう申し込みも済んでいるから、引率するだけでいいらしいんだけど、子供たちに配るお菓子を買ったり、こまごまとしたやることがある。
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