キミが欲しい、とキスが言う
「お帰り、茜さん」
「お母さん、僕、ご飯炊いた」
「本当? すごいわね。ありがとう」
嬉しそうに馬場くんを見て浅黄が笑う。
やったね、と声無き声を合わせるように。
嬉しいはずなのに、なぜか切ない気分になった。
さっき幸太くんがあんなこと言ったからかしら。馬場くんの姿に、ダニエルが重なる。
もしダニエルが私を連れて行ってくれたなら、浅黄はこんなふうに彼を見上げたのかしら。
彼はオドオドしていたけど優しい人で、浅黄はそういうところがすごく彼に似ている。
金髪と通った鼻筋がそっくりだから、ふたり並んだらマトショーリカみたいで面白かっただろうにと思う。
もしここにいるのが彼だったら、どうだったろう。
金の髪と金の髪が、一つになるようにおでこを重ねあったり、ハイタッチをしたりした?
浅黄も、父親の髪色と同じだったら、その髪に自信を持てた?
今までしたことないような想像を、頭の中で巡らせる。
あの頃、ダニエルを探すなんて無理だと思っていたけれど、本当は一つだけ方法があった。
最初に彼を店に連れてきた森田教授を頼れば、おそらく連絡をつけることくらいは可能だったろう。でもそれに気づいたのはもう出産した後だったし、今更もめるのもたくさんだと思って無視していたけれど、浅黄のためを思えば、彼と連絡を取るべきだったのかしら。
「……茜さん?」
「え? あ、ごめん」
馬場くんの声に、現実に引き戻されれ、私は我に返って頬を叩く。
何を考えているのよ、私。
今更、ダニエルのことなどどうでもいいじゃない。
私を必要としなかった男を、私が必要とする道理などない。
私には浅黄がいるし、浅黄にも私がいる。それで十分じゃないの。