キミが欲しい、とキスが言う

そして思った通り、ママは面倒見がいいし理解がある。

浅黄の体調が悪ければ快く休ませてくれたし、それで文句を言う若いホステスとの間も取り持ってくれた。

この店の客層も、大人の落ち着いた男性が多いせいか、度を超えて迫ってくるということはない。お客と関係を持ったことはないとは言わないけれど、それは全て同意の上での事だった。


「そろそろお開きかねぇ」

「そうね。客足も途絶えてきたし」

「なにか温かいものでもお出ししましょうか。さっきね、【U TA GE】の人が残りもので雑炊作って持ってきてくれたのよ」

「あら、そうなの? 橙次?」

「違う子だったね。あたしはあんまり見ない子だったけど」

「そう」


【アイボリー】では、閉店間際になると、お茶漬けや雑炊をお茶碗一杯分ずつ配る。
飲み過ぎの体を気遣ってお帰り下さい、っていう心遣いだ。

それを知った鍋専門店【U TA GE】の店長・片倉橙次は、どうせ先に閉店するから、と残りのだし汁や具材を分けてくれるようになった。
毎日ではなくとも、それは店の経営には大助かりで、彼はウチの店では重宝されている。


「またいらしてくださいねぇ」


最後のお客様を見送り、店の看板を中に入れる。

時計を見れば0時を少し過ぎたところ。
お客は常連客が多く、店の営業時間はちゃんと心得ている。ゴネて引き延ばすお客は幸いな事に殆どいない。


「最近は楽になったっていうか、……なんかタンパクになったよねぇ」


ママが言うのもなんとなく頷ける。

ここ数年でお客の質は変わったかもしれない。昔は、団塊世代がよく来て、熱く語ったり余計な手を出してきたりしたものだけど、最近のお客さんたちは大人しいものだ。抑圧された感情を吐き出すところがなくて、ただ吐き出すことを目的としてきているようなお客様が多い。
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