キミが欲しい、とキスが言う


 食事を終え、座卓で宿題を始めた浅黄を馬場くんが隣から覗き込んでいる。私は、お茶を入れ、片付けをするために立ち上がった。


「あなたたちが作ってくれたから、片付けは私がするわね」

「すいません」

「こっちこそ、ごちそうさま」


自然に交わされる会話が、なんだか気恥ずかしい。洗い物をしながら、自然に口ずさむ鼻歌。どうやら私は今、ちょっと浮かれているようだ。

やがて、浅黄は宿題を終えたらしい。


「僕、お風呂入るね」


いつも、祖父母の家で食事後すぐにお風呂に入るので、浅黄は当然のように立ち上がる。


「お湯はってあげようか?」

「いい。シャワーだけにする」

「そう? ちょっと待ってて、タオル出すから」


私が浅黄に構っているうちに、馬場くんはいつの間にか残りの茶碗を洗ってくれていた。


「ごめんね。ありがとう」

「適当に茶碗も棚に戻しましたよ」

「うん」


さっきまでは浅黄がいたから気にしていなかったけれど、部屋にふたりなんだなと思ったらドギマギしてくる。
なんでこんなに落ち着かないのよ。中学生の恋愛じゃあるまいし。

馬場くんは気を取り直したように頭を下げた。


「そろそろ帰ります。押しかけてすいません」

「いいえ。ご飯おいしかったわ。ありがとう」


新聞で包んでおいた包丁を持って、馬場くんが玄関先に向かう。サンダルをはいたところで、思い出したように振り返った。


「あ、茜さん、ケータイ番号教えてくれません?」

「いいけど。……なんで?」


別に隣なら、いつでも連絡が取れると思うんだけど。


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