キミが欲しい、とキスが言う



 美咲ちゃんとはそこで別れ、私は仕事もあるので、そのまま【U TA GE】に向かった。
まだ早い時間だったから、夜の営業は始まってないだろう。
案の定、クローズの札がかかっている扉を、遠慮なく開く。


「こんにちは」

「ああ、茜さん、いらっしゃいませ。あいにく営業時間前なんですよ」


迎えてくれたのは数家くんだ。


「知ってる。ちょっとだけ休ませてよ」

「お疲れですか? 水しか出ませんよ」

「いいわよ」


数家くんは掃除をしていたようだ。モップを持ったまま、厨房に声をかける。


「すいません、俺、手が汚れてるんで、誰かお冷持ってきてください」

「……はい、お待ち」


しばらくして、水を持って出てきたのは馬場くんだ。私を見つけて、目を丸くする。


「あれ、茜さん?」

「あら、馬場くん」

「え? いつもより早くない。なんで?」

「休憩させてもらおうと思って。ちょっと、外で用事があったもんだから。家に帰るのも面倒で」

「なんだ。びっくりした」


水の入ったグラスをテーブルに置いた後、彼は自然に私の向かいの席に座る。邪魔しに来ておいてなんだけど、仕込みはいいのかしら。
< 94 / 241 >

この作品をシェア

pagetop