キミが欲しい、とキスが言う

 しばらく馬場くんと向かい合って話していたら、やがて近づいてくる人影があった。


「茜が来てるって? 久しぶりだな」

「橙次」


厨房から出てきた橙次は、手に何かを持っていた。
ガラスの器に、白菜やニンジン、それに白身のお魚が盛られている。上からとろろに似たような何かがかけられていた。


「ちょっと食ってみて感想聞かせてよ。今、幸紀と作ってたやつ。今度の試食会に出すメニューなんだけどさ」

「具材を蒸したものに、だし汁をムース状になるまで泡立てて添えたものです。夏場はどうしても客が減るから、冷たいのも一品くらいあったほうがいいでしょ」


会話を、馬場くんが引き継ぐ。


「そうそう。アイデアは幸紀なんだ。今日のは俺が作ったんだけどな」

「へぇ。いただきます」


ガラスの器に盛られたそれは、見た目も涼やかでおいしそうだ。箸でつまんで口に入れる。私が飲み込むのを確認してふたりが前のめりになるのが可笑しかった。
ひんやりした白菜に、味のついたムースが絡みついていて、あっさりなのに濃厚な風味がある。


「おいしいわね」

「だろ?」


どうだ、と言わんばかりにどや顔で笑う橙次を、馬場くんが無表情のまま見つめている。

何を言うでもないから私も口ごもってしまった。なんか、空気が重たいわよ?

すると、光流くんの声が厨房から響いた。

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