キミが欲しい、とキスが言う


 夏休みが近づいた日曜日、私は久しぶりに実家を訪れることにした。

本当は浅黄も連れてきたかったけど、幸太くんたちと遊ぶ約束をしているらしく、断られてしまった。
なので、気まずいけれど一人でいかなきゃならない。

結局、学童保育は申し込んだけれど、定員オーバーではじかれてしまった。
そうなれば、親に頼まなきゃならないタイミングもあるだろうからということでの挨拶だ。

貢物として、父親の好きなブランデーケーキを買っていく。
いつも伝言を浅黄に託しているばかりで、自分で行くのは久しぶり。
四月から父親が定年退職で家にいるので、文句をつけられるだけかと思うと行きたくないのだ。

 夏の日差しが照り付けて、つばの大きな帽子をかぶっても照り返しがまぶしい。

徒歩十分の距離にある実家は、アパートと小学校の間にある。分譲住宅の一つで、隣の家との距離が近い。その分、ライバル心が働くのか、隣との仲はあまりよくない。
私の存在が気に入らない理由の一つはそれだ。自慢できる娘に育たなかったから、父は負けた気分になっているのだろう。

呼び鈴を鳴らすと、インターホンから母の声がする。


「私よ、茜」

「茜? 久しぶりね、入ったら?」


玄関の鍵が開けられ、母が姿を見せる。すらりとした長身、細身の体にワンピースを羽織っている。落ちくぼんだ瞳の周りには以前にも増してしわが増えていた。昔とても綺麗だと思っていた金髪のショートヘアも、ずいぶん白っぽくなっていた。

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