キミが欲しい、とキスが言う


「浅黄はいないの?」

「今日は友達と約束があるんですって。ハイ、お土産」


ケーキの箱を渡すと、母は両手で受け取り苦笑する。


「頼みごとがあるのね?」

「イエス、ママ。分かってるじゃない」

「……仕方ない子ねぇ」


母は私に甘い。外国から嫁いで、色々苦労もあったのだろう。娘には自由でいてほしいという言い方を、昔よくされた覚えがある。


「お父さんは?」

「いるわよ。……ちょうどよかった。私たちも話があったの」

「話?」


母の後ろをついて、リビングまで行く。ソファには父がどっかり腰を下ろしていた。ちょっと太めの体格だけれど、髪はふさふさしていて顔もそこそこ整っている。今時の六十歳はあんまり老人という感じはしない。どこかに再就職でもすればいいのに。


「お父さん、久しぶり」

「茜か。浅黄はどうした」

「ふたりとも同じこと聞くのね。浅黄は友達と遊んでる。最近は親より友達との約束の方が大事みたいよ」

「ふん。勝手なところはお前にそっくりってわけだ。まあいい、座りなさい」

「言われなくても」


父はいつも高圧的で、基本的に好きじゃない。今時珍しい関白亭主だ。内向的な母にはそこがいいらしいけれど私にはよくわからない。


「今日は何の用だ」

「頼みがあって。もうすぐ夏休みでしょう? 週に二回くらいでいいから、浅黄を預かってほしいの」

「何だそんなことか。……週に二回と言わず、毎日預かってもいい」


あっさりとそんなことを言われて、呆けて見てしまう。文句の一つや二つは甘んじて受けるつもりでいたのに。


「どうしたの急に」

「今年に入ってからずっと考えていたんだがな。会社も定年したし、何もここにこだわることもないかと思ってな」


話の流れが見えない。
黙って父を見つめていると、お茶を三人分置いた母が父の隣に座る。

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