キミが欲しい、とキスが言う

「イギリスに行こうかと思ってるんだ」

「は?」

「こんな狭い土地にしがみついていることもない。イギリスには母さんの親が残した土地があるんだ。ずっと人に貸していたが、自分たちで住もうかという話になってな。あの子のためにも、新しい土地でのびのびさせるのはいいんじゃないかと思ってるんだ」

「ちょっと待って。どういうこと」

「つまりこういうことだ」


父は母の手を握りしめ、前のめりになる。母が、愛おしそうな視線を父に向けた。


「俺たちは、イギリスに永住する。そして浅黄も連れていきたいと思っている」

「……浅黄を? 冗談じゃないわ、浅黄は私の子よ」

「もちろん、望むならお前もだ」

「いやよ、そんな。私にだって生活があるわ」

「一緒に来れば、生活を立て直せるぞ」


父の声に体が強張る。それを見て取ったのか、父はにやりと笑った。


「イギリスに、お前の過去を知るものはいない。やり直すにはいいチャンスだ」

「何よそれ。まるで、私の人生がダメだったみたいな」

「成功ではないだろう。せっかく受かった大学を中退して、誰とも知れない男の子供を産んで、水商売なんかで生計を立ててる。お前はそれが成功だと言えるのか」

「……っ」


成功だなんて思ってない。でも、全部が全部失敗だなんて思えない。思ってしまったら終わりじゃないの。

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